2020年03月06日
2020年賀状
1999年にSoup Stock Tokyo、2000年にスマイルズができて20年になります。
現在までにスープは約900億円、1.2億杯。
20年で、日本人全員の皆さまに一杯づつお届けすることができた感じでしょうか。
1.2億回、本当にありがとうございます。
われわれ「自分ごと」ということを常に意識しています。
昨今のアートとビジネスとの文脈もまさにこの点にあります。
しかし、自分ごとの前提には、お客さまからの「おいしかったよ」「ありがとう」の一言のためにあることを、私たちはよく知っています。
その一言がウレシすぎて、それをもらいにいきたくて、だから責任をもって、ユニークネスをもって、自分ごとで進めています。
自分ごとの反対は他人ごとです。
これだと、こだわりも好みも粘りも発明もときめきもありません。頂いたありがとうの一言ですら、他人ごとになってしまう。
これからのビジネスは、売手と買手が向かい合って商売するのではなく、価値が必要なところへ横に移動していく。その価値の移動を生み出し寄り添っていく、そんな気がしています。
2020年 あけましておめでとうございます!
今年からの新しい20年、新しい価値を生み出し、皆さんにパスを回し、皆さんからのありがとう!を、頂きにまいります。
元旦 スマイルズ一同(遠山正道代筆)
2019年03月28日
2019年03月16日
東京都立大学等々力高等学校卒業の講演
東京世田谷南ロータリークラブの武藤、安田さんのご紹介で、東京都立大学等々力高等学校の卒業記念講演をさせて頂きました。
私にとっても楽しい体験となりました^ ^
(※この映像ちょっと面白いので是非^ ^)
高校を今から卒業する皆さんへ
きっと卒業をひかえて、ほっとしていることと思います。
だから、先ずはおめでとう。
ご覧の通り、手紙を書いて読んでいます。
きっと照れ臭い内容になりそうだからです。
どうしてかと言うと、皆さんと私はもう40歳も離れていて、お父さんお母さんよりもだいぶ上で、だから、もううまく届くかどうか分からない。
だから、皆さんは、或いはあなたは、あなたなりに聞いてもらえればいいと思います。
今日私がお話ししたいことを一言で言うと
「自分ごと」
ということです。
私からお願いできる立場だとすれば、この言葉だけ覚えて帰ってほしい。
そして、この自分ごとという言葉は、まさに今この瞬間から、自分ごとで、だから覚えても覚えなくてもどちらでもいい、まさに自分ごとで自分でジャッジしてもらえばいいと思います。
さて、私は、今皆さんが猛烈にうらやましいです
今、巷では人生100年時代といわれていて、だから私も100歳まで仕事して105歳くらいで死ぬ予定です。
一般的には、22歳で仕事を始めて、サッカーに例えると今丁度ハーフタイムが終わっていよいよ大事な後半戦に突入するぞ!と意気込んでいるところですが、皆さんは、まだ試合すら始まっていない。
これからどのゲームに参加するかを決めて、自分なりにコッソリ秘密練習などできる。
何なら既存のゲームやルールは置いておいて、自らゲームを作ることもできる。
今から言うことは、私の予想です。
だから鵜呑みにしないでください。
遠山が言ったからとか、私のせいにしないでください。
自分で決めてください。
これからの時代は、どんどんプロジェクト化していくと思います。
大きなプロジェクトも小さなものも全てプロジェクトの積み重ね。
映画やバンドのイメージです。
誰かが、こんな映画を作りたいと言いだす。
そうすると、監督を探して、プロデューサーや女優は誰、カメラは誰、ヘアメイクは、衣装は、とチームを組んでいく。
映画ができたら解散。
映画が売れて、いいチームだったらまたお声がかかるかもしれない。
もう、監督や女優やヘアメイクを常時雇用してくれるオメデタイ組織なんてのはなくなってその都度プロジェクトを組成していく。
学校だってそうかもしれない。
公立や私立の学校という建物だけあって、3年か6年おきに解散して都度その頃の情勢や学校の興味によって新しい先生に声をかけていく。
もしそのような時代になったら、人は概ね次の3種類に分けられていくと思います。
一)仕掛ける人
二) 声がかかる人
三)そのどちらでもない人
私は、本日は大変有難いことに、卒業式プロジェクトの一人のメンバーとして声をかけて頂いて、今こうしてお話ししています。
残念ながら「卒業式の時に話しするかもしれない人」だけでは年間で雇ってはくれません。
声がかかる人とは、プロのような技術や実績、あるいは魅力がある人です。
映画で言えば女優さんやカメラマン。
仕掛ける人とは、アイディアがあったり、行動に移したり周りを巻き込んで着地させる人。
映画で言えば、監督やプロデユーサーのような人。
そのどちらでもない人は、映画で言えば、あえていえば観客かもしれない。
観客が無能だとか、いらない人と言っているのでは勿論ありません。
でも、ただお金払って観ているだけでは、いつかはお金は無くなるし、そのままでは一生女優にも監督にもなれません。
ずっと読んでいるのも疲れるので、ここからはちょっと箇条書きにします。
・皆さんには、ただの観客だけの人には、できればなってほしくない。
・声がかかる人になってほしいし、しかしそれだけやっていると、声をかける側を知らぬままになってしまう。だから小さくてもいいから仕掛ける側を試してほしい。
私の話を少ししたいと思います。
・33才の時に初めて絵の個展をやった。
・そこで得たのは、初めての意思表示と自己責任、仲間、そしてSoup Stock Tokyo
・行動には神さまがおまけをつけてくれる
仕掛けるのにやっておいたほうがいいこと
・英語とITと、たとえばアート
・50のやりたいこと
「未来のためのやりたい時限爆弾」
まだ今はない90%に価値は無数にある
・見えないものをみようとする。点を打ってみる。
もしも私が皆さんに戻れるなら
・天邪鬼な旅人になりたい
・自分だけの価値に気づける人になってほしい
・最初に言った自分ごと
これで挨拶は終わりです
・ちょっと提案だが、拍手を10回。イマイチなら5回とか、良ければ20回とか
そして自分の拍手、自分の意志を自分に刻んで欲しい。
とにかく私は皆さんが猛烈にうらやましいです!
ありがとうございました!
2018年12月09日
花畑
(写真は2018年2月母の誕生日に3人の子と)
母が86歳で逝った。
全く元気だったが、夏にぎっくり腰をやってからは外に出ず家の椅子に座りっきりになって、それからぐっと弱った。
ずーっと鍼灸に通うなど病院へは出向かず、血圧すら測っていない。
特段の病気もないままに衰えていったが頭もはっきりしたままである。
昭和7年生まれで、41歳のときに旦那を事故で亡くし女手ひとつで2男1女を育てる。今思うと41歳はあまりにも若い。勿論苦労も多かっただろうし、責任感や美意識的なものもあっただろうが、どうにも無私で穏やか、私は親子ゲンカをした記憶もない。生前そのことを聞くと、そーいやー私も親姉妹とケンカした記憶はないねえとどこまでもおっとりとしている。アレしろコレしろとの指導的支配がない。こうでなくてはいけないという縛りがないから、怒りやケンカにならないのかもしれない。そのくせ気づかいの人で、高校時代の夜中の仲間の来訪にもいつも笑顔で迎えてくれ、人気の母親だった。
ぎっくり腰で座ったままでいることでめっきり弱り老け込んだ。
歩行器を使って足ぶみを促しても10歩でもうダメだ、というのには驚いた。
7日寝込むと7年分の筋力が落ちるというがまさにそのような感覚。心肺も筋肉の動きで機能しているというのもこの頃に聞いた。
日に日に補助機器が増えていき、介護という言葉が現実味を増してきた。
前日の夜、時間が空いたので実家を訪れた。
丁度兄姉も揃って楽しく談笑した。
床についてからも声が聞こえて、扇いだり手を握ったり。
皆んなに会えてよかったと何度も言って。
この数ヶ月姉は横で一緒に寝ていたが、前日は夜中に寝言を録音するアプリで録っていた。
綺麗な花があるね、と何度もうわ言を言っていた。
花畑があって、喜んでいたのだろう。
翌朝、まさに眠っているように、むしろ笑顔すら湛えているように、息を引きひきとった。
都会の真ん中にあって、考えうる最高の最期であろう。
前日の最期の夕食がスープストックの参鶏湯だったのも、彼女なりの息子孝行か。
ながいあいだ、お疲れさまでした。
どうぞゆっくり過ごしてください。
とてもとても、ありがとう。
2018年12月9日