2015年09月10日

越後妻有芸術祭スマイルズ:(1)発意編

公式・加藤&デンソー写真_syuku
越後妻有の大地の芸術祭にスマイルズがアーティストとして作品を出展している。
50日間の会期ももう今週一杯である。
一気に駆け抜けてきたが、順を追ってブログに残したい。

saatchisaatchi
元々を遡れば、1999年Soup Stock Tokyoがオープンする前後に絵の個展を青山のidee、赤坂のSaatchi&Saatchi Gallery、INAX Galleryで行い、タイルの絵と同時にスープを作品として提供していた。
写真は多分2000年。緑の看板は、非常口灯を作るならメニューボードにしてしまえ、という主意の作品。逃げてる人がレードル持ってコック帽かぶってますww
そして、将来はNYのグッゲンハイムでスープを作品としてだしたい、などと何の根拠もない憧れをもっていた。

densocap_007
一昨年、名古屋のデンソーに講演会に行き、そこでデンソーのロボットのデモも見て、これはすごいと驚愕。
講演会の後の宴席上で、広報担当の都築常務と広報の小島室長より、デンソーの知名度は残念ながら低い、という話から、ならば広告などを超えて、一気にスマイルズと一緒に現代アートに行きましょう!と無謀な提案をする。
翌週単身で名古屋まで工場見学に伺う。
その時に来客用でかぶった黄色いデンソーのキャップがいたく気に入り、無理を言って譲っていただく。
たぶん工場外に出ているのはこれ一つ。
以来お気に入りでよくかぶる。
写真は、ファッションデザイナー津村耕佑氏との対談のとき、私は気張ってデンソーキャップで望んだ図。ソフトボールの審判のイメージww

写真
昨年、市原アートミックスでナッパスゴロクというお弁当や山覚俵屋などを作ったが、スマイルズがアーティストの一覧に掲載され、嬉しく思う。
ならば、越後妻有大地の芸術祭には、正式にアーティストとして、しかも遠山個人ではなく、株式会社スマイルズが作家として出展したいと関係者に依頼。

一回きりではなく、瀬戸内や、ゆくゆくは海外からも招聘されたい、ならば海外から見た日本を意識し、コンテクストを「食×技術×おもてなし」とした。
食はスープ、技術はデンソー、おもてなしはわれわれ生身の人間でしかできないこと。

「ニケの像」の画像検索結果
いろいろ悩んでいるある夜、ベッドの中で思いついた。
ロボットがニケ像のように、円柱の上に光り輝き鎮座している。
一連の厳かな動きのあとに、一滴の雫をスープにたらす。
その雫がスープに到達した時、横にいたスタッフがあることをつぶやく。。
素晴らしいものができた!と、朝の4時ごろベッドから抜け出す。
きっとベッドの中で夜中中考えていたのだろう。
ベッドから抜け出して描いたスケッチが上記のもの。
これからは日付と時間を記すようにしよう。

翌朝、会社で何人かのメンバーのこのアイディアを話す。
皆一様に爆笑し、素晴らしい!と賛同を得る。
「ずきゅん!」の骨子ができた瞬間である。

denso_003
期日が迫る。
名古屋でデンソーチームも動きの実施する。
バルサミコ酢でハートの浮き身を射抜くことは決まっており、
その調整に長く時間をとられていたが、ようやくその精度が上がってきた。
一方、実は肝心のロボットの動きがまだ決まっていなかった。

ロボットといえば、すぐに音楽に合わせて躍らせたくなるが、
そういう幕張のロボットの展示会のようにはしたくない。
この日中に動きを確定させなくてはいけない。
工場から出て、技術者の方々とランチに向かう。
動きが決まっていない焦りのなか、重い空気。

ロボットを何かに見立てるのではなく、本来のロボットの動きを活かしたい。
今回のデンソーの技術の責任者澤田さんと言葉を交わす。
「ロボットとは、本来、最短距離最短時間を突き詰めるものです。」
「ロボットは6軸、人間は7軸」

ならば、ロボットそのものの動きに一度立ち返ろう。
と、冒頭の動きは、一直線のアームを、1軸2軸3軸と順に最低限の動きを追加していく。
そのシンプルな動きを見たとき、ロボットがロボットである本来の美しさを見た思いがした。
すっと胎におちた。
そこからは一気に動きが決まった。


2台のロボットの1〜6軸の動きの次には、システィーナ礼拝堂のミケランジェロのアダムの創造を模した。
神が人間を誕生させた瞬間である。

IMG_0291
ロボットの横に私が立ち、神とアダムの腕の動きを演技する。
その場で沢田さんがその3次元の動きを立体的に設計していく。
見事に艶かしく厳かな動きである。
「神のあと〇〇パーセコンド遅らせてアダムの指をもってきます。。」
澤田さんは技術者でありながら表現者でもある。

0716_記者発表会
会社がアーティストとして作品を出すこと。
アートの場では会社だからできることを、会社ではアートだからできることを入れ子に組み込みたい。
ならばと、事前に記者発表を行った。
スマイルズは記者会見などしたことないが、ならばアートだからこその記者発表である。
トヨタの関連であるデンソーだけに、ここは表参道のintersect by LEXUSで。
LEXUSの河辺君が面白がって段取りしてくれた。新車、、じゃなく深謝。

デンソーウェーブの柵木社長と私が記者会見をしてから、北川フラムさん、鈴木芳雄さんとの4名でトークイベントを。
ロボットの動きも、最後の生身の言葉もまだベールの中で、概念しか説明できないもどかしさはあったが。
さて、対外的にすでに動き出した。

さて、今回の取組みについて、味の手帖という雑誌に主意を投稿した。
下記「価値という彼方へ」である。
我々がやろうとしている試みである。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


      「価値という彼方へ」

 「大地の芸術祭」に、株式会社スマイルズがアーティストとして作品を出品した。

七月二十六日〜九月十三日までの五十日間。
 会社が作家として、というのが先ず不思議なところだ。

二十世紀は経済の時代、二十一世紀は文化の時代。或いは価値の時代。価値あるものに価値があり、価値ないものには価値がない、と言っている。では価値とは何か。

現代アートとは価値の塊ではなかろうか。絵具とキャンバスというコストを積上げて評価が定まるのではない。三万円の作品も三千万円の作品もある。その差は価値の差としか言いようがない。ならば、企業もアーティストして作品をつくり、価値そのものを創りだしてみる、見えない価値を創り、そういうことに目や考えや行動を同調させていこう、というまあ無謀とも言える独自の試みなのである。

 大地の芸術祭で一定の評価を獲得し、翌年は瀬戸内の芸術祭、その後は海外から招聘され・・ということを妄想すると、予めその背景であるコンテクストには日本的なること、自分たちの必然性、を織り込んだ。「食・技術・おもてなし」の三つである。

食はスープ。技術には()デンソーのロボットを。おもてなしはわれわれの生身の人間である。

デンソーは、かつて名古屋の本社に講演にお邪魔した折り、ロボットのデモを見て驚いた。その夜の役員との懇親会の席上で、今後の企業がアートと向き合う事の意味、それをスマイルズと一緒に行ってみないかとぶっていた。それがこの度ようやく実現したわけである。

三つ目のコンテクストはおもてなし。これが本作品の核となる。通常飲食店を営みながら発する、いらっしゃいませ、ありがとうございました、という感謝の言葉。我々はありがとうございました、ではない他の一言によって、来観者の心に何かのざわめきや予感、暖かい気持ち、などを投げ込むことができないか。そういうことへの実験的な挑戦である。

本件、デンソーの役割・作業は相当なものだが、我々も想像を超えるマンパワーとなった。作品そのものの労力も勿論だが、五十日間スープを提供する状況は、一つの店舗を出店するのに等しい。商品開発、物流、現地の設え、スタッフの家の確保、保険、有事の代替案などなど。

会社は、横断的にこの目的が定かでないコトに全力を挙げて取り組んでいる。このことだけで意味があり、半分成功だと感じている。広告ならもっと有効な手段はいくらでもある。社会貢献、、にはなっていない。利益は、ない。コストは膨大。うまく言語化出来ないこの試み。

自分の足下しか見えない延々に続く急で体力を奪う山道、未だ誰もみたことのない頂上を目指して登っていく。頂上に辿り着く。その時、目の前の景色がバッと向うに開ける。誰も見たことのなかったその景色を、今、皆で見ている。

そんな、誰も登ったことのない山、それ自身を発見し、自ら登ること。それがクリエイションであり、その彼方の景色を「価値」と呼んでみたいのだ。






 



Smiles: at 19:02│clip!